リオニマルは「動物に誠実な飼い主になろう」をスローガンに商品開発や情報発信を行っています。「動物に誠実」に向き合うとはどういうことなのか。答えは決してひとつに定まらないように思われます。様々な角度から動物と人間の関係を大きな視野で眺め、視点を変えながら見つめる。その積み重ねが大切だと私たちは考えています。リオニマルでは、野生動物・家畜動物・ペットと、それを取り巻く環境に関わる方々へのインタビューを通して、考えるヒントを探り、発信してまいります。多角的な方向から動物、生き物全般との向き合い方を、一緒に考えてみませんか。

今回は、岩手県の山の中で「なかほら牧場」を営む中洞正さんへのインタビュー。「なかほら牧場」は一年を通して牛が山で放牧されている日本でもめずらしい牧場です。ここは、国内ではじめてのアニマルウェルフェア認証をうけた農場でもあります。黄色いジープがトレードマークの中洞さんが案内してれた自然豊かな山の牧場は、好きな場所で好きに過ごしている牛たちの姿がとても心地よく印象的です。牛の幸せを考えることは山をつくることになり、自分の幸せや豊かさにもつながっている。中洞さんの著書タイトルでもある「幸せな牛からおいしい牛乳」という言葉に、すべてが詰まっているように思われます。「山に聞き、牛に聞く」自然の摂理から学び、生きとし生けるものと共存する。牛や山と共存する中洞さんの暮らしは、私たちにとっても暮らしを重ねるためのヒントがたくさんありました。


おいしい牛乳はしあわせな牛から

LE:今、日本の酪農はどのような状況に置かれているのでしょうか?

中洞:戦後の食糧難で脱脂粉乳が普及して、その後も学校給食で牛乳が飲まれるようになりました。人口が増加して飲む人が増えれば、当然たくさんの牛乳が必要になってくる。

LE:確かにわたしも学校で牛乳を飲んでいました。

中洞:それで今、酪農バブルとも言われている。普通儲かるならチャンスだと言って参入する人が増えそうでしょ。ところがおかしな話で、これがチャンスだってやめる人が多い。

LE:え!?なぜなのでしょうか。

中洞さん:一年中、365日休まず働いて、しかも“うんち”を相手にする商売だから。牛は食べたら毎日“うんち”をするでしょ。それを毎日掃除しないといけない。儲かるならいいけどそれほど儲からない。肉体も酷使する。沢山牛乳を売っても、その重労働に比べたら割に合わないのです。

LE:本来は牛と暮らすということは豊かな生活なのに、牛乳を効率よく得るために“うんち”掃除のみになってしまう。それはもったいないことだと感じます。

中洞さん:そうです。改良の進んだ牛は、1日に1頭あたり約30リットルの生乳を出します。現在は酪農の規模拡大が進んでいて、1戸あたりの平均搾乳頭数は40頭以上。大規模化の進む北海道では平均70頭前後の搾乳を毎日行っています。この搾乳を1回でも欠かしてしまうと乳房炎という病気にかかり治療してもなかなか完治しないのです。

LE:搾乳は、休むことができないのですね。

中洞さん:今、北海道では年間で約200戸の酪農家が廃業する状況で、この前の地震でさらにやめてしまう人が増えるかもしれない。そうすると牛乳が足りなくなる。

LE:震災は酪農に大きなダメージを与えてしまうのですね。

中洞:小規模経営が主流だったころは手搾りもあったけど、この規模になると手搾りは現実的ではない。生乳は冷却しないと劣化するので、冷却タンクも必要。それが停電してしまうと大きな痛手になってしまう。だから災害がおきたら急速な支援が必要です。酪農家がどんどんいなくなってしまう。

LE:1日でもストップすると、大きな痛手になってしまうんですね。

中洞:うちの牛は、1日にいくら搾っても10リットルにしかならない。日本の平均が30リットル。ただ、これはあくまで平均です。牛は出産後の2~3ヵ月はいっぱい牛乳が出る。次の分娩が始まる前に乾乳というお乳を搾らない時期が2~3ヵ月あって、その後に出産するのです。一般的に酪農では、乳がいっぱい出る牛がいいと言われていて、泌乳のピークには1日に100リットル出す牛もいますがそれは異常なのです。乳が多くでる牛は、人工授精による改良の結果によるものです。

LE:本来の牛とは大きくかけ離れた状態ということですね。

中洞:(傍らの牛を指して)この牛何歳に見えます?

LE:5歳くらいでしょうか?

中洞:この牛は19歳。

LE:19歳には見えない!とっても若々しい姿ですね。

中洞:そうでしょう?一般的な牛は、5~6歳ぐらいで搾乳ができなくなってしまう。なんで19歳まで生きているかっていうと、うちでは生産性がなくても牛乳が出なくなっても天命を全うさせるから。経済的にはメリットはないけどね。「おいしい牛乳にするために何かノウハウはあるのですか?」とよく質問されるのですが、なにもノウハウなんてない。幸せで健康な牛からおいしい牛乳。これしかないのです。

LE:中洞さんに出会えた牛は幸せですね。

中洞:自然放牧で、そのままにしておくと野生化してしまうので、朝晩牛舎でおいしいおやつがもらえるようにしているんだ。そうすると、おやつ欲しさに戻って来るんですよ(笑)。

国内ではじめてのアニマルウェルフェア認証

LE:なかほら牧場さんはアニマルウェルフェア畜産認証を受けているとお伺いしたのですが。

中洞:一般社団法人アニマルウェルフェア畜産認証制度のアニマルウェルフェア畜産認証で、国内第一号のアニマルウェルフェア認証を受けました。

LE:国内酪農では第一号なのですね。最近は、畜産動物の動物福祉への配慮や健康的な食材に関心の高い消費者の方も、増えているような気がします。

中洞:どのように商品が作られたのかと同じように、どのような環境で育てられたのかということにも関心が高まっているのでしょうね。

LE:社会にとって良いものを選びたいという気持ちと同じように、動物にとっても良いかどうかという関心が高まっているのはとても良いことだと感じます。中洞さんはそれを何十年も前からやられていたということが、胸が熱くなる思いです。たくさんの人から愛される牛乳を生産する姿は、私たちにとっても希望だと感じました。

中洞:アニマルウェルフェアの権威は2人います。日本獣医生命科学大学の名誉教授である松木洋一さんと、東北大学名誉教授の佐藤衆介さん。佐藤先生は家畜行動学の研究のためにこの牧場で調査をやったのです。牛の後をついて回って5分おきか10分おきのその牛がどういう行動をしているかを3~4日、24時間かけて調べた。その時の大学院生が帯広畜産大学でアニマルウェルフェアを研究している瀬尾哲也さんです。今、アニマルウェルフェアということがさかんに言われていますが、20年も前から、佐藤先生からアニマルウェルフェア、家畜の福祉という概念を教わってきたのです。

LE:10分単位で24時間、それも3日~4日かけて行うなんて、なかなか過酷な研究ですね。

中洞さん:そうやって動物と向き合っていた人がいたんですよ。イギリスでは、1965年に「アニマルウェルフェア(動物福祉)」という考え方がでてきて、家畜の動物福祉も考えられるようになってきた。家畜を身動きができない狭い場所で飼うということは国際的に禁止されはじめているのです。

アニマルウェルフェア5つの原則は

1.飢えと渇きからの解放(自由)
2.不快からの解放(自由)
3.痛み・傷・病気からの解放(自由)
4.通常行動の自由
5.恐怖や悲しみからの解放(自由)

なかほら牧場は1989年以来、ずっと草食、自然交配、自然分娩、母乳哺育(生後2ヵ月程度)の山地酪農を行ってきました。牛の食性を維持し本来の行動を維持できることをモットーに環境を整え、畜産動物を健康に育ててきました。そうやって育てた牛がつくるミルクや肉は、結果的に人間の健康維持にも貢献できるのです。これはアニマルウェルフェアという考え方と本質的に一致しているのです。

LE:牛たちがありのままに生きる。その上で人間と共生している。素敵な環境ですね。

しあわせな牛からおいしい牛乳。動物が生きやすい場づくりが、結果的に人間にも良い場所になる。(上)
しあわせな牛からおいしい牛乳。動物が生きやすい場づくりが、結果的に人間にも良い場所になる。(中)
しあわせな牛からおいしい牛乳。動物が生きやすい場づくりが、結果的に人間にも良い場所になる。(下)


中洞 正 なかほら・ただし
1952年岩手県生まれ。東京農業大学農学部卒業。山地酪農家、山地酪農研究所所長。2006年から東京農業大学客員教授。一年を通して牛が山で放牧されている日本でもめずらしいスタイルの牧場「なかほら牧場」を営む。牛たちは山地の野シバを食べ、牛がした糞を栄養に土が肥えて、草が育つ循環する山地酪農を実践し、国内ではじめてのアニマルウェルフェア認証を受ける。著書に『幸せな牛からおいしい牛乳』(コモンズ刊)、『黒い牛乳』(幻冬舎刊)など。